ホーム > 草加市の名所、名物、歴史めぐり > 草加市の名所2

草加市の名所

浅間神社
「富士浅間神社本殿」について

富士浅間神社は木花開耶姫命を祭る。
神社がいつ創始されたかは明らかでないが、新編武蔵風土記稿には「浅間神社村の産神とす。善福寺持」とあり、善福寺は瀬崎町の歴史によれば「寛永四年(1627)の開基にして浅間神社は閻魔堂附近にありたるを明暦年間(1655 − 1657)現在に移動したものである」と記載している。

現本殿は天保十三年(1842)に再建したことが本殿内にある擬宝珠銘から明らかである。

富士山は古くから霊山として崇拝の対象となり、室町時代には参詣としての登山の風が完全に成立し、江戸時代になると富士講が組織され、先達を中心にして一団となって登山する信者が多くなった。

本殿の建物は、間口二メートル三十二、奥行三メートル六〇の流れ造の一間社で、前面に軒唐破風、千鳥破風を配し、随所に彫刻を配し善美を尽くしたものである。これは当時この地方に繁栄した布晒業者と地元の方が協力し、この地の富士講の面目にかけて造営したものと思われる。

草加市教育委員会の立て札より(一部抜粋)

※写真をクリックすると大きな画像が見れます
日光街道から見た本殿
草加八景の一つ。
浅間神社境内から本殿を望む
   
住時の栄んだった富士講の築山
富士登山記念碑がある!
   
これは珍しい!
手洗石の高低測定几号の説明書き
手洗石の下に「高低測定几号」文字が刻まれている
ページトップ

伝説「むじなの恩返し」

新里村の屋敷の主人は、庭の大きなケヤキの木の洞に住み着いた"むじな"をかわいがっていました。
ある日恐ろしい盗人が主人を殺そうとしましたが、むじなが助けてくれたので「むじなの恩返し」という伝説が生まれました。


むじな公園にある碑
伝説「ムジナ大尽」が刻まれている
新里ムジナ公園とケヤキの木


毛長神社

むかし新里村の沼のほとりに美しい長髪の娘がいて、対岸の舎人村の長者の息子との結婚が約束されていたが、新里村に病気が広がることを恐れた村人たちは、二人の結婚をあきらめさせた。 娘は悲しんで、嵐の夜、髪をふり乱して沼へ身投げした。
行方不明の娘を探した新里の村の長者は、嵐が去り病気が治まったある日、対岸の舎人村に長い黒髪が流れ着いたことを聞き、両村の村人とともに娘をいとおしみ沼のほとりに神社を建て、娘の長い黒髪をまつり「毛長神社」と名付けた
「毛長の名前の由来である伝説が偲ばれる」


草加公園

草加公園入口
野外ステージから見た池
移民が憩う広場
橋から見た池
水鳥や野鳥が集まる自然公園
ページトップ
 
ホームへもどる

Copyright©2008 Soka Pharmaceutical Association. All Rights Reserved.