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草加市の新名所

「上野学園」(草加キャンパス)

上野学園 閑静な住宅地の中に落ち着いた雰囲気の
上野短大正門
上野学園 緑が眩い、広々としたキャンパス
建学の精神の「自由」を感じとれる空間である
上野学園 紫陽花がきれいな中庭
音楽科の学生に対する細やかな配慮が感じられる

上野学園の沿革

上野学園は1904年(明治37年)石橋蔵五郎により、建学の精神を「自覚」として創立されました。女性が妻となり、母となることのみが最良の生き方であるという考えが主流であった当時、人間としての自覚を持つことを建学の精神とした教育理念は教育界に新風を吹き込みました。
以来、上野学園は人間としての尊厳と自由を教育の場の中に求め、知らしめ、そして、女性の真の在り方を強く主張してきました。
「沿革より、一部抜粋」

 1904年  「自覚」を建学の精神として創立
 1949年  高校に日本で初めて音楽科を設置
 1952年  短期大学音楽科設置
 1956年  短期大学家政科設置
 1958年  大学音楽部設置
 1985年  大学短期大学部人文学科設置
 1995年  大学国際文化学部設置
 2004年  創立100周年
 ( 沿革より、一部抜粋 )


上野学園
上野学園
  熱心にハープを奏でている練習風景
福井県にある日本で唯一の製造メーカー
「Aoyama」の名が刻まれているハープ

上野学園
上野学園
これはビックリ!
孵化したばかりカルガモの親子
キャンパスを和ます池を悠然と泳ぐカルガモ
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獨協大学

獨協大学
創立者「天野貞祐」の造
大学の中央棟
創立者「天野貞祐」の造

獨協大学の沿革
1883年に創設された獨逸学協会学校(初代校長は、西 周である)これが獨協大学のルーツであり、その歴史は120年に及ぶ。
創立者「天野貞祐」が提唱した本学の建学の理念「学問を通じての人間形成」には、ドイツ教養主義的精神が流れている。

天野貞祐

獨逸学協会中学・旧制第一高等学校・京都帝国大学を卒業。一時ドイツに留学、ハイデルベルク大学に学ぶ。帰国後、1926年、京都大学に助教授として迎えられ、1931年に教授に昇任、同年、文学博士号を受けた。その後、旧制甲南高等学校、第一高等学校の校長、日本育英会会長を歴任。

また戦後、学生野球協会の会長を12年にわたって務め、野球の殿堂入りをしている。
1950年に吉田内閣の文部大臣となる。退任後、1952年、母校獨協中・高校の校長に就任。
1964年、獨協大学を創立し、初代学長を努めた。

わが国で最初に、カントの「純粋理性批判」を翻訳するなど、本格的なカント哲学の研究者として、高い評価を受けた。京大教授時代の著書「学生に与ふる書」 ( 岩波書店 ) は、戦前戦後を通じてのベストセラーとなった。


獨協大学
獨協大学
建学の精神が碑に刻まれている
新体育館

獨協大学
獨協大学

グランドを望む

新設された大学前のスクランブル交差点

獨協大学
獨協大学
大学から見たハーモネスタワー
獨協さくら橋から見伝右川と松原団地

獨協大学
 
グランドから見た全景
 
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